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こんにちは、A&Tコーポレーションの井田です。
全国的に強い雨が降っていますが、
災害が起きたばかりの地域に
これ以上被害が出ないことを祈ります。

死に関わる仕事をしていると、
命の温かさに触れた時、
込み上げるほどの感動を覚えます。

それが動物など小さな生き物だったり、
赤ちゃんや子供だったり、
恋人や家族だったりと様々でしょう。

言葉もなく、ただ愛しくて抱きしめる。
その温かさと柔らかさに感動し、
時に目頭が熱くなるものです。

皆さんは親しい存在を
目の前で喪ったことはありますか?
私は過去、何度か経験しています。

死という抗い切れないものと対峙し、
息を引き取る瞬間を見つめながら、
いつも感じるのは「生きている」ことが、
本当はどんなに奇跡的なことで大変なことか、
ということです。

生きようとする者が力尽きる。
その凄まじい光景は言葉を凌駕し、
ただ呆然と見送るしかない残された者たち。
この隔たりは大きいと思うと同時に、
実は紙一重なのではないかとも感じます。

よく、
生かされている、という言葉を耳にします。
私達は当たり前のように毎日を過ごし、
明日が当たり前に来ると信じている。
ところが病気や怪我を負うと、
この当たり前なことが実際は尊いものだったと、
愕然とさせられながら思い知ります。

そう、
だから何かによって生かされているのだと、
大きな出来事があった人は感じるのです。

特殊清掃の現場に入ると、
自殺ではなく、自然死や病死の場合、
その死がいかに突然であったかを
現場から強く感じさせられます。

亡くなる瞬間が切り取られたように存在し、
そこに貼りついているからです。

食事の途中、テレビを観ていた途中、
晩酌の途中、読書や書き物をしていた途中、
そのままが部屋に封じ込められているのです。

生かされている。
そこを時折考えてみるのもいいでしょう。
何気なく過ごす毎日のほんのたまに。
それこそが人間だから出来る成長の鍵、
なのかもしれません。

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