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こんにちは、A&Tコーポレーションの井田です。
先日、親戚で御不幸がありました。
叔母の義母だったのですが、
99歳の大往生だったとはいえ、
何度も入退院を繰り返された末だったので、
介護してきた叔母には様々な想いもあり、
今はただ、放心状態という感じでした。

何歳になろうと家族を喪うのは
同じ大きさの悲しみに違いありません。

某大物俳優が親について語っていたのですが、
この方の父親も有名俳優で、
しかも30代前半で亡くなっています。
自分にとって父親の亡くなった年齢が、
ひとつの越えられるかどうかの大問題で、
結婚などまったく考えられなかった、
と話されていました。

自分もその年齢で死ぬとか、
父親が見られなかったその先の光景が
どうしても想像つかなかったといいます。
実際、この方は父親の亡くなった年齢を過ぎ、
40になってからご結婚されました。

私の父は58で亡くなりましたので、
この年齢を越える時、どう感じるのか
まったく想像がつきません。
父が生きて見られなかった世界を
経験として語ってもらえないからです。

特殊清掃で入るお部屋では、
家族と呼べる人がいない方も多く、
何故、そういう生き方を選ばれたのだろう、
と考えてしまうこともあります。

ただ、人生は選択の繰り返しですから、
それがどんな結末だろうと
ご自身で納得してのことであれば、
誰かが非難することも同情することも
それは違うのではないか、と思うのです。

最近では孤独死現場は清掃もされてて、
告知義務から家賃も安いと、
人気物件になっているぐらいですから。
以前は大家様や不動産会社に文句言われても
今は喜んで住む人ですぐ埋まるとくれば、
何とも不思議な世の中だな、
と思わないこともありません(笑)。

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