ある晩、1本の電話が転送されてきました。
話し相手は、若い女性。
「父が……自宅の浴室で亡くなったんです。警察からそう聞かされました。でも……現場をまだ見ていません」

彼女の声は、張りつめた糸のように震えていました。
私は静かに、話を聞きながら現場に向かう準備を始めました。


【浴室の中に残された“叫び”】

現場は、都内の古い団地。
玄関前で彼女が待っていました。
まだ20代半ばと見えるその女性は、私の手を両手でしっかりと握り、「来てくださって、本当にありがとうございます」と深く頭を下げました。

私は静かに部屋に入りました。
血の匂いが、すぐに鼻をつきました。

廊下の床には血の点々が残され、浴室へと続いています。
そして、浴室のドアのすりガラスには、赤い点と手の跡がにじんでいたのです。


【凶器は、10円カミソリ】

扉を開けた瞬間、私は一瞬、息を飲みました。
風呂椅子のそばにあったのは、頸動脈から流れたと思われる血だまり
壁や天井にまで、血しぶきが飛び散っていました。

現場は、私がこれまで見た中でも、特に激しいものでした。
浴室内には、苦しみながらもがいた痕跡が、赤黒い跡としてはっきりと残っていました。

凶器は、ピンク色の10円カミソリ
柄の部分には、血とともに、くっきりと男性の指紋が残っていました。


【娘の選択──父の最期を見るということ】

私は娘さんに、現場の状況と清掃の内容を丁寧に説明しました。
すると、彼女はこう言いました。
「お父さんの最後の姿、見ておきたいんです」

正直に言えば、止めたい気持ちがありました。
遺族が見ていい光景ではない──そう思っていました。
でも彼女の表情には、強い意志が宿っていました。

彼女は浴室を前に、足を震わせながらも扉を開け、
中を見つめると、そっとしゃがみこんで涙を流しました。
「ありがとう、お父さん……」

その言葉は、かすれた声でしたが、深く胸に響きました。


【“今までありがとう”が遺書だった】

清掃を終えた後、私は彼女と少しだけ言葉を交わしました。

「亡くなる2日前に会ったとき、不意に“今までありがとう”って言われたんです。なんか、変だなとは思ったんですけど……」

彼女は、後悔の気持ちを押し殺すように話しました。
彼の身体は病気を抱えており、介護が必要になる手前だったと言います。
オムツをしていたことも、最後まで知られたくなかったのかもしれません。


【まとめ:言葉にできなかった遺書】

私たちは、言葉で“遺書”を残すことがすべてではないと知っています。
この男性にとっての「今までありがとう」は、
娘への別れの言葉であり、最後の決断を伝えるメッセージでもあったのかもしれません。

清掃を終えた浴室は、何事もなかったかのように静かでした。
けれど、その空間には、命の重みと家族の想いが確かに残っていました。

清掃という仕事を通して、私は「死」を片づけるのではなく、
「誰かの人生の終わりに寄り添う」という意味を、改めて教えられたのです。


【関連キーワード】

特殊清掃 / 自殺現場 / 10円カミソリ / 浴室の死 / 父の自殺 / 娘の後悔 / 最期の言葉 / 高齢者の孤独 / 家族の想い / 清掃人の証言

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あなたの不安によりそいます。
特殊清掃、遺品整理のご相談は
https://genbaseisou.com/

独立開業はまだするな!
特殊清掃をお仕事にしたい方、まずはこちらから。
私の失敗事例を多数紹介しております。
『特殊清掃完全マニュアル』
https://genbaseisou.com/seminar-lp/

YouTubeで現場での出来事や体験談を語っています。
是非お立ち寄りください。
https://www.youtube.com/channel/UC_UTt9-3A5jWS0n884W2dBQ