コラム

「この世の始末、請け負います。」第一章【面影】⑩

「こんにちは」

ふいに玄関からこちらを伺う声が聞こえた。

「はい」と返事をして玄関へ向かうと、不安げな表情で部屋の中を覗き見る女性がひとり立っていた。

「大家の関本です」

そう言うと六十前後であろう女性は頭を下げた。

「はじめまして、JG(ジェージー)クリーン社の高坂(こうさか)です」

 挨拶を済ますと名刺を手渡した。

「高坂(こうさか)ごう、さんとお読みするのですか?」

名前の読みについて聞かれると

「いえ、剛と書いてつよしです。よろしくお願いします」

これは失礼しましたという表情を浮かべながら女性は何度も頭を下げた。

「居間に遺品を取り置いております。ご確認ください」

そう話しながら部屋の中へ入るよう促した。

女性は鼻をクンクンと鳴らしながら床や天井を見回している。

「まだ少し臭いますね」

「ええ、壁や床に匂いが染み付いております。薬品の散布だけでは取りきれません。しかし、部屋の外へ悪臭が漂うということはないと思います」

うんうんと女性は頷いた。臭いを消し、次の入居者を入れるためのリフォームについては依頼を受けていない。アパートはいずれ取り壊し新しくマンションを建設する予定があるらしく、この部屋の元主が最後の住人だった。

「遺品はこちらになります。金銭に関わる通帳や現金は出てきませんでした」

そう伝えると、

「それは警察の方から受け取りました」

と返事が返ってきたので「そうですか」と小さく頷いた。

「二十年以上もこの部屋に住んでいただいていたんです。家賃も遅れることはありませんでした。物静かな人でね、あまりお話する機会はなかったんですが近所の運送会社に長年お勤めだったんですよ」

そうですかと頷くと、ひとつ質問をした。

「ご遺族の方はいらっしゃるのですか?」

「ええ、義理のお兄さんが東北の方にいらっしゃるのがわかりまして、今回のことを連絡したんですが長年会ってもいないしうちには関係ないの一点張りで…。連絡されてもわからないし困るって言うんです」

「そうですか。ご結婚されてたとかお子さんがいらっしゃるとかはお聞きになりましたか?」

「結婚歴については存じあげないのですが、警察の方が言うにはお子さんはいらっしゃらなかったようで、あくまでお身内はその義理のお兄さんだけらしいんです。それで結局火葬の費用も納骨費用も全部うち持ちです。実は先ほど火葬場でお骨を受け取ってきたところなんです。これから納骨するお寺さんも探さなきゃなんないし。大家業って本当大変ですね」

女性は疲れた表情で大きく溜息をついた。

「そうなんですか。しかしそこまで入居者さんの面倒を見る大家さんはあまりいらっしゃらないでしょうね。私にはとても真似ができません。大変でしょうがこれで故人さまも浮かばれると思います。あと関本さま、火葬費用と納骨費用についてですが、行政に申請すればかかった費用は戻ってきますよ」

「えぇ? そうなんですか!知りませんでした」

心底驚いた様子だった。

「ええ、後で領収書を持っていけば費用は返金されます」

こう告げると女性は少し安堵の表情を見せ、居間の中央に置いておいた遺品まで二、三歩踏み出しダンボールの中身を覗き込んだ。

「このダンボールの中にあるものが一応取り置いたものなんですが、ご確認いただけますか?」

と伝えると、

「はい、ですが私が確認したところでこれを持っておくこともどうすることもできないんですが…身内の方は関係ないっておっしゃっているし」

確かに。大家と店子の関係で形見分けとして何か取り置くことはまずないだろう。ということは元主の思い出の品はすべて処分ということになる。

「関本さま、先ほど納骨先をこれから探すとおっしゃってましたが今、遺骨はどちらにあるんですか?」

そう尋ねると、不思議そうな表情で、

「今は私のうちの仏壇のそばに置いてあります」

と返事が返ってきた。

「関本さま、もしよろしければ私どもと提携しておりますお寺さんでも永代供養することは可能です。行政との手続きもこちらでお受けしますし、私が本日遺骨を持ち帰ることもできますがいかがしますか?」

すると、

「そんなことまでしていただけるんですか? ぜひお願いします。すぐ家に戻って持ってまいります」

驚いたのか大きな声で返事が返ってきた。

「では、お待ちしております」

そう告げると満面の笑みが返ってきた。

女性を見送ると部屋の中の物を一階のアパート前まで運んだ。駐車場から車を出してアパートに横付けるとトラックの荷台を覆うトノカバーを開き、道具と遺品をすべて詰め込んだ。