コラム

「この世の始末、請け負います。」第一章【面影】⑨

依頼主の大家さんは近所に住んでいるが、用事を済ませてから一時間ほどで確認に来てくれるそうだ。

部屋に戻ると遺品にビニールの養生を掛け、ホウキを使って天井と壁の埃を落とす作業をした。続いてガラスサッシの溝に落ちている虫の死骸や埃を落としていく。そして居間の床、キッチンの前、玄関の外まで掃き終えると水回りの清掃作業に取りかかった。今回の依頼は油汚れなどをきっちりと落とすハウスクリーニングではないので水拭きで埃を落とす程度にとどめた。トイレの中も綺麗な雑巾を使って仕上げの作業を行なう。

清掃で使った道具を戻し、雑巾をゴミ袋に入れるとキッチンで手を洗った。今仕上げたばかりのキッチンをまた水浸しにするとは我ながら要領が悪い。新しい雑巾で手を拭くと、それでキッチンの水気をしっかりと拭った。

居間に入り残された遺品の前に歩み寄った。

「さて、よろしくお願いします」

小さくつぶやくと塩と酒をポケットから取り出し、遺品に向けてそれぞれを小さく人差し指で弾いた。それをポケットにしまうと目を閉じて手を合わせる。この部屋の元主が歩んだ人生と対峙するための儀式だ。

収納箱代わりだった横九十センチ、奥行き四十五センチほどのタンスの引き出しに収められている物を、ひとつひとつ取り出していく。右側に文房具、左側には書類と故人なりに分けて収納していたのであろう。クリップ、押しピン、ペンなどの文房具はそのまま廃棄した。

次に書類に目を通していく。家賃を支払った際の綴りや公共料金の領収書が几帳面にクリップで挟まれている。年賀状の束は遺族が今後の挨拶に使用すると思われるのでダンボールに移した。役所関係から送られてきた大きめの茶色い封筒を取り出してダンボールへ移すと、その下には結婚式のものであろう綺麗な装丁の写真と黒い額縁がふたつ揃って仕舞われていた。

手に取り表紙を開くと保護するためであろう和紙が挟まっている。

羽織袴と白無垢の二十代半ばの男女が緊張の面持ちでこちらを見つめている。この写真が四十年以上前のものだと右下に記載されている日付でわかった。

「(あっ…)」

結婚式の写真を床に置きダンボールから部屋の元主の写真と写真立てを取り出すと、それを中心に横にそれぞれを並べ置いた。

髪を七三に分け眼鏡をかけた若い男性とカラオケに興じる還暦を過ぎた男性。いずれにも感じられるヤセ型で几帳面そうな雰囲気と、どちらにもある口元左下のホクロから彼らが同一人物であることを教えてくれたが、女性の方は装いが違いすぎるため一見ではわからない。

ふたつの写真を手に取りよく見比べて見ると、目元、輪郭、顎のラインがほぼ同一人物なのかとなんとなく思えてきた。だとするとこの二枚の写真が撮られた時期はおそらく数年とずれてはないだろう。それぞれを床において箱の中に目をやった。

「あー…」

溜息と同時に声が漏れた。黒い額縁に収められた和服を装いバストアップで撮られている白黒写真の人物と、白い帽子を手でおさえこちらに微笑む女性、その白黒写真と結婚式の写真を比べてみると双方に写る凛とした口元が間違いなく同一人物であることを確信付けた。

右に写真立てに収められた写真、真ん中に結婚式の写真、左に黒縁写真と三枚を床に並べて置いてみた。仮にふたりがお付き合いしていた頃、そして結婚、原因を知る由もないが他界し遺影として残された写真としよう。とするとこの女性はこの間さほど年を重ねてはいない。一般的に遺影として使われる写真は故人の良い時期撮られたものが使われるようだがそれにしても若い。せいぜい二十代後半か三十代前半にしか思えなかった。

この部屋の元主は、二十代で一度結婚をした。そして程なく奥様が他界し、ご自身は何度か引っ越しをすることで楽しかった時期の多くの写真や思い出を整理してきたのだろう。この部屋に残る結婚歴を示すものはこの三枚の写真だけた。あえて仏壇を置かず遺影を結婚式の写真と共にタンスの中にしまい、お気に入りだった奥様の写真を目に付きやすいところに置いて日々眺めていたのだろう。三十年以上もの月日を・・・。

写真をダンボールに入れ、改めて役所関係の封筒を取り出した。奥様が埋葬されている墓地やお寺に関するものがあるか気になったからだ。封筒から書類を一枚一枚取り出し確認したがそれに関するようなものが出てくることはなかった。