コラム

「この世の始末、請け負います。」第二章【十円】②

渋滞がなかったこともあり、思いのほか早く現場付近に到着した。カーナビは同じような建物が三十棟以上並ぶ団地の中を示している。築年数はおそらく四十年以上は経過しているように思えた。

速度を落として車を走らせる。すると目的地である建物を見つけることができた。

コインパーキングに車を停めるべく現場を素通りしたその時、一階の階段付近に立つ女性の姿が目に入った。

その女性が依頼者なのかと気になりながらも、あえてその脇を通り過ぎた。

現場からそう遠くないところにコインパーキングはあった。住民専用の駐車場があるにもかかわらず団地内にコインパーキングとは珍しい。しかもこの程度の距離なら道具の出し入れが楽だ。

助手席に置いてある鞄を持って車を出ると現場へ向かって歩き出した。

先ほどのあの女性が視界に入り、歩きながらひとつ大きく深呼吸をした。

彼女は近づいて来る作業服の男に気づいたのか、こちらに視線を合わせている。ほぼ顔がわかるほどの距離になると小さく会釈をしてくれた。

歩み寄りながら

「足立さんですか?」

「はい」

はっきりとした返答が返ってきた。

対面して「高坂です」と名乗り頭を下げる。と、不意に女性はこちらの右手を両手取って力強く握りしめてきた。その手は僅かに震えている。

「足立です。本当にありがとうございます」

そう話す声は今にも泣き出しそうだ。「はい」と答えてそっと左手をその手に添えた。

「足立さま、お部屋を拝見させていただけますか?」

「はい、この一階の部屋です。ご案内します」

そう言うと部屋へと先導してくれた。

階段を四、五段上がった右側にある部屋の前で彼女は立ち止まり、鉄製のドアをゆっくりと開けた。

「失礼いたします」と一言声をかけ、あえて先に部屋の中に入った。

靴のかかとを靴箱に向け揃えて部屋に上がった途端、生臭い血の臭いが鼻についた。失血死か…。臭いの元は右に廊下を曲がった辺りだということを視線の先にある血痕が教えてくれた。

「足立さま、こちらの部屋にいていただけますか?」

玄関を入りすぐ左手にある部屋にいるよう促すと不安なのか、「はい」と細い声が返ってきた。

軽く頭を下げ引き戸を閉めると、廊下の先にある血痕へと向かった。

踏まないよう気をつけ、それをまたぐと浴室が見える位置に立つ。

浴室内は曇りガラスの引き戸で廊下と仕切られていた。

引き戸は閉まっていたが浴室内の惨状は曇りガラスの内側に付いた無数の赤い点々と、左手で付けたものだとはっきりとわかる手形が教えてくれた。